(元記事: sixtyfuckingnine (do-nothingから))

"アイスバケツ流行ってるけど、日本には熱湯コマーシャルという伝統的PR手段があってだな。"

— (via chptr22)

(yaruoから)

"これから乗ろうとする下りエスカレーターを逆走でのぼってきた50代くらいのおばさんがもうちょっとで上り切る手前でコケて膝を打ち痛みに顔を歪めながらうずくまってそのまま下りていくシーンは涙なしには見られなかった"

Twitter / htby (via cafe-poca-cosa)

(yaruoから)

"今から二〇年後、あなたはやったことよりも、やらなかったことに失望する
                       マーク・トウェイン"

その小さな一歩が人生を変える / 愛★戦士 (via ebook-q)

pedalfar:

500px / Via Veritas Vita by Mark Crislip
snowce:

William Sartain, Solitude, 1892

snowce:

William Sartain, Solitude, 1892

(出典: centuriespast)

pedalfar:

Vogue Japão Outubro 2014 | Nadja Bender, Kinga Rajzak + Mais por Boo George [Couture]
"小学校の担任の先生から卒業の時に貰った色紙

○○へ
自分が嫌になったら
成長していると思いなさい
厳しい反省が自分を育てる

今でも大事に持ってます。心の支えです。"

小学校の担任の先生から卒業の時に貰った色紙:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd (via ag107)

(tokunoribenから)

"サッカーの本質は「いつ、どこに、なぜパスをするか」です。"

「中学3年生の小野伸二には1億円の価値があった」 W杯で惨敗した日本代表に足りなかったものとは | Lee’s Words 李国秀オフィシャルブログ (via a2onaka)

(tokunoribenから)

"スポーツ用品販売の「アルペン」の例
週休3日制を全店舗に導入している
ただし、3日のうち1日はスポーツに当てるのがルールで、生きた知識を仕入れて顧客に伝えることを大事にしている"

仕事で成長するには『公私混同』が重要らしい - NAVER まとめ (via takadat)

(bo-rudeから)

"

『毎月新聞』(佐藤雅彦著/中央公論新社)という本のなかに、こんな文章があります。
15年くらい前に書かれたものです。
僕は、ネットが嫌になったとき、これを読み返すようにしているのです。

 故郷で独り住まいをしている高齢の母親は、テレビの野球中継をとても楽しみにしています。「この松井って子はいいよねえ」と、目を細めながら応援しています。そして、好きな番組が終わると迷いもなくテレビを消すのです。たまたま帰郷していた僕は、そんな母親のあたり前の態度にハッとしてしまいました。『面白い番組を見る』――こんなあたり前のことが僕にはできなかったのです。


 テレビを消した後、静けさが戻ったお茶の間で母親は家庭菜園の里芋の出来について楽しそうに僕に話し、それがひと通り終わると今度は愛用のCDラジカセを持ってきて、大好きな美空ひばりを、これまた楽しそうに歌うのでした。


 僕はそれを聴きながら、母親はメディアなんて言葉は毛頭知らないだろうけど、僕なんかより、ずっといろんなメディアを正しく楽しんでいるなあと感心しました。そして目の前にある消えているテレビの画面を見つめ、先日のやつあたりを少し恥ずかしく思うのでした。


 つまらない番組を見て、時間を無駄使いしたと思っても、それは自分の責任なのです。決してテレビの責任ではありません。リモコンにはチャンネルを選ぶボタンの他に「消す」ボタンもついています。


 僕達は、当然テレビを楽しむ自由を持っていますが、それと同時にテレビを消す自由も持っているのです。


ネットは、テレビに比べると、「悪口が直接自分に向かって飛び込んできやすいメディア」です。
でも、パソコンの電源を切ったり、SNSにアクセスしなければ、道の向こう側から迫ってきて、無理矢理イヤなことを目の前で叫ばれる、ということはないんですよね。
そもそも、「イヤなら、つまらなければ、観ない」という選択も、僕たちにはできる。
見に行っているのは、自分の責任でもあるのです。
わざわざウンコを触り、臭いをかいで、「うわー、なんでこんなに臭いんだよ!」って怒っているようなものです。
それが臭いのは、知っているはずなのに。
(よ・う・か・い・のーせいなのね、そうなのね?)


正直、ネットで「情報を遮断する」というのは、「テレビの電源を切る」より、難しいとは思うんですよ。
ネットには「必要なもの」「面白いもの」と、「危険なもの」「不快なもの」が入り乱れているし。


それでも、僕たちには「ネットに触れない自由」があるし、そのための手段もある。
「ネットの中で、接触するコンテンツ」を選ぶこともできる。
まあ、大概において、わざわざ不快なものを引き寄せてしまうのは、自分自身なんですよね。


いまの世の中で生きていると、あまりにも「情報漬け」の状態に慣れすぎていて、そこから自分を遮断すると、不安になってしまう。
それはたぶん、杞憂なのです。
「なにげなくテレビを観つづけるのをやめる」、というのではなく、「積極的にスイッチを切るという選択をする」ことが、大事なんじゃないかな。


ネットで自分にとって不快なものに憤って改善しようとしたり、自分を嫌っている人を変えようとするのは、あまりにも不毛な作業です。
そんなどうでもいいものに関わっているほど、人生は、長くない。


自分にとって面白いものに対する知識を深めていったり、気が合いそうな人と繋がっていくことのほうが、「ネットの効率的な利用法」だと思います。


それでもやっぱり、「暗部」みたいなものが気になってしまうのも、事実なんですけどね……
これも「妖怪のせい」なのかな。

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積極的に「スイッチを切るという選択をする」こと - いつか電池がきれるまで (via petapeta)

(yaruoから)

"自尊感情の高い人は、他者を見る時には長所からみていくという傾向があることがわかっています。  相手のいいところから見ていくことができると、自分とは違う人やちょっと癖のある人なども含めて、いろいろなタイプの人と仲良くなれるのですね。それで交友関係が広がっていくと考えられているのです。  逆に、自尊感情が低い人は「他人とは自分に不利益な存在だ」と警戒してしまう傾向が強いので、どうしても欠点から見ていきがちです。そうすると「あの人も嫌い」「この人も嫌い」と交友関係が限定されてしまうのです。  また自尊感情が低い人は、自分を否定されるような言葉に出会ったとき、変に攻撃的になってしまったり、やっぱり自分はダメなんだと落ち込んでしまうことがあります。 「自分は、そこそこ悪くない人間である」と自己評価ができないから、他人の評価に気持ちを流されて過剰反応してしまうのです。"

なぜか好かれる人が欠かさない 相手目線のコミュニケーション|人を動かす心理学|ダイヤモンド・オンライン (via kyocorin)

(yaruoから)

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ねたミシュラン ★・・・もうどーしよーもねーからとりあえず記念写真撮ろうZE!!